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挫折経験にノックダウン!その例の先がガン!でも立ち直りたい! [挫折]

挫折を経験すると、それに押しつぶされてしまう例も
あると思います。しかし、多くの挫折を経験しながらも、
僕は、なお一筋の望みをかけてきっと立ち直りたい!



挫折の連続に一時は死を考えた





  <挫折とは?>


挫折って、どんな状態をいうのでしょうか?

これは、おそらく人によって、それぞれ意味が

違うかもしれませんね。



辞典によれば、


「仕事や計画などが、中途で失敗し、だめになること。

また、そのために意欲・気力をなくすこと。」

とありました。


大ざっぱに言えば、

たぶん、そういうことだろうと思います。



ただ、僕の場合ですと、自分の経験から、


ごく、普通の人が、何かの理由で 肉体的や精神的に

トコトン打ちのめされて、社会生活ができなくなるほど

に落ち込んだ状態


ではないかと思っています。



僕自身子供の頃から、成人して、社会人になるまで、

いや、社会に出てからも、挫折の連続でした。


一時、自殺を考えたこともありました。


「どうすればいいのだろう!?」


思いに思い悩んだ末、「考え方」を180度

変えました。


すると、不思議に「生きる意欲と気力」

グーッと蘇ってきたのです。



何故そうなったのか?


それをお伝えする前に

これまでに、どんな「挫折」を味わってきたかを簡単にお話し

してみたいと思います。


あなたが、今「挫折感」を経験しておられるならば、

何らかのお役に立つかもしれません。


つまらない挫折経験かもしれませんが、恥をしのんで、

書いてみたいと思います。(苦笑)




次から次と追い打ちをかける挫折の経験




大衆演劇ってご存知ですか?

ひょっとしたら、ご存知ないかもしれませんね。


例を出しますと、

最近テレビでスッカリおなじみになったおじさんの

梅沢富雄」さんなら、おそらく知っておられるでしょう。


ume1.jpg
(梅沢富雄さん)


あの梅沢さんは、「何者?」 なんて思っている方も

多いかとおもうのですが、いわゆる「大衆演劇」出身の

お人なんです。

俗にいう「役者さん」です。


今でも、3~40人の座員を率いる座長さんです。

テレビはあくまで「アルバイト」なんだそうです。



実は、僕の父も、その「大衆演劇」を

やって一座を持っていた一人だったんです。

関西では、ちょっとは人気があったようです。


まあ、それはそれとして、僕の挫折は、こんな

環境に育ったところから始まります。




① 

幼い子供の頃は一座と一緒に関西一円を

ついて回っていました。

ところが、小学校に入るようになると、巡業さきが移るたびに、

小学校も変わらなければなりません。

ほぼ1か月、長くて3か月ごとに

異なる小学校に転向していたわけです。


こんなことでは、学校に馴染めるはずもなく、

おまけに、「役者の子」 として、珍しがられて、

友達もできません。

子供ながらに「孤独」の寂しさを味わっていたようです。



その後、両親たちの間で「これではいけない」

ということになったのでしょう。

僕は、小学4年の時に、田舎(父親の故郷・鳥取)に

預けられることになりました。



思えば、このころから、「独立心」の強い

負けず嫌いの子供に育っていったように

思います。



そんなわけで、僕の挫折感は、子供の頃の

負けずぎらいな性格に端を発していたのでは

ないかな? と感じています。



このあと説明すれば、長くなってしまいますので、

これまでの、「挫折」 経験をかいつまんで、

お伝えしてみますと、




②小学後半 = 国語の時間に芥川龍之介の物語がいやで、
        それがトラウマとなって、文学小説が読めなくなる

③中学時代 = 体操クラブの練習に没頭。体操の虫となる。
        国体出場。 (夢はオリンピックへと)

④高校時代 = 相変わらず体操に没頭。しかし、ハプニングが。

        (手が短いことが分かり、体操を断念=挫折)   

⑤高校の後半= 大学受験において。

        異状なほど「東大」に思い入れのある受験担当
        の先生の授業に嫌悪を感じ、受験を中止。(挫折)

        大きな大学コンプレックスに陥り、大学への
        コダワリが長く続く。




・・・・・・・こんな風にまだまだ続くのですが、

あれこれあって、

カメラマンとして社会に出たあと、過労によって、思いがけず

長い闘病生活に入いったのが、大きな打撃でした。


まさか、これが10年近く続いてしまうとは、

夢にも思いませんでした。


なんとか、治りたい! どうしても立ち直りたい!

再び、カメラをもちたい!


長引く闘病生活の中で悔しい思いを

どうにもできませんでした。


冒頭で書きましたように、自殺を計ったのは、こんな時でした。


異なる薬局から、買い集めた「睡眠薬」を大量に

服用したものの、死にきれずに、失敗に終わりました。



この時、僕は思ったのです。


「いつ治るかも知れない闘病で、数えきれないほどの

治療法を試してきた。 とにかく助かりたかった。

元気になって、社会復帰したかった。

しかし、それが叶わないなら、生きるシカバネも同然や!」



そして選んだのが ”死” だったのです。



ところが、意に反して、僕は生きているのです。



何故なんだろう?



病気の時は、助かりたいと、その方法を必死に

探し回り、挙句のはてに、覚悟を決めて、自殺を図るも、

死にきれない。


この時、ふと、こんなことが頭をかすめました。


「人は、死ぬようには造られていない??」

「命がある限り生きていかなきゃならない!」

「おそらく神(創造主)は人間をそういう風に

造ったのだろう!」



ここに、思い至った時、


「そうか、人は何があっても生きなきゃダメなんや!」


プチッと、どこかの糸がきれたような気がしました。



180度考え方が変わった瞬間でした。


先に書きましたように、

不思議に 「生きる意欲と気力」 が

沸いてきたのです。



しかし、こののち、皮肉にも 「ガン」 という

予想もしなかった「病」におそわれました。



最後に



僕は、結局、「寿命がある限り生きよう」

と決めました。


そうすると、気持ちが、吹っ切れたためか、

これから、どう生きたいかという方向が、

いろいろ脳裏をよぎり始めました。


立ち直るために、結局、今、

自分に出来ることに目をむけるしかない。

一回限りの人生!


もう一度、自分と向き合い、地に足をつけて、

今を、生き切るしかない!

そう思えるのです。





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